世に棲む日々

1E43CAAD-FEB9-4599-B0E9-CCA2D3C11613.jpeg豊穣と多様性への巡礼
疾走する精神

それ以外には何もないと
修験道のように山に取り付いた時もあった

矢尽き刀折れ
どん詰まりの枯れ井戸の底で

形而上的な世界での格闘に
まだやれることがある
いやそれがすべてだと

闇と仮想現実の世界を
彷徨いもした

いつだったか
ようやく何処かでねじまき鳥が鳴き
枯れ井戸の底にもわずかに水が浸み出して来たが

水がみるみる溢れてきて
自らを井戸の外に押し上げるには至っていない

形而下の世界と自分を
今更問うことこそ詮無きことだが

肉体の現住所がそこにあり
腐ってはいても文明の只中でその恩恵に浴している以上

この世界に棲む限りは
その問いから完全に解放されることはない

仙人の棲家は昔から
人里から遠く離れた深山幽谷と決まっている

仙人は俗世に万能というわけではなく
自らの居場所をよく知っているというに過ぎない

ぼやく方が
どうかしてる


形而上的世界か形而下の世界か
本籍か現住所か
原因か結果か
枯れ井戸の底か枯れ井戸の外か

いやそうではなく
肉体がすべてだとも思うのだ

いや
行動こそがすべてだと思うのだ

肉体のそして
行動の

具現化された意思的な今だけが
形而上形而下、本籍現住所、原因結果の
収斂統合された確かな一点だと思うのだ

だからハードボイルドなのだ

だがそれも違う

二元論的な鎖を断ち切り
肉体と行動を真に解放してやる

形而下が形而上を作り、現住所が本籍を征服し
結果が原因を変える

革命だな

うん、なんだかよくわからんが
痛快じゃないか

それこそ
俺の求めるハードボイルドだ

鰹節よりも硬い
水分を極限まで飛ばした行動

解放された伸びやかな肉体と行動のパワーショベルで
言葉が作り上げた壮大な虚構を破壊していく

ああ、それなら
物好きな仙人も俗世に棲めるさ

D083B2D1-1211-45D1-AAC1-6CE43F3AD222.jpeg


人気ブログランキング

この記事へのコメント

ママジャム
2020年09月07日 01:11
いつの時も、何処にいても、仙人で居られるならば、最高ですね。