翔ぶが如く

538BA6DB-0347-4AD7-B78B-842C085C9D8B.jpeg司馬遼太郎「翔ぶが如く」全十巻 読了
解説で東大教授の平川祐弘が、日本文学史を大観するならば、「平家物語」や「太平記」の系譜に連なる作品と呼べるかもしれないと結んでいる。すでに大衆小説ではなく歴史小説をも超えて、歴史そのものと司馬遼太郎の真摯な格闘がまるで西南戦争の田原坂の戦いのように壮絶な忍耐を以って執拗に果てしなく続く。たぶん三十年ぶりの再読だが、それでもなかなか読み応えがあった。

西南戦争とは何か

「西南戦争は、村田新八でさえあきらかに指摘したように、大久保と西郷の私闘にすぎない。それが拡大して、東京で官途についた薩人と郷国にいる薩人との私闘となり、この争いを巨大なものにしたのは、西郷と近衛将校団の帰国であった。かれらの大挙帰国が薩摩の独立性を強くし、いよいよ中央政府の拘束から遠くなった。これを中央化するというのが大久保・川路の目標であったが、元来が同藩同士だけに、わずかな挑発でも結果は陰惨なものになった。川路はきわめて大胆なことに、この県下に帰郷組を送りこんだのだが、それが結局は戦争の導火線になった。そういう近因からいえば川路がこの戦争の挑発人であり、その恨みはすべて大久保にはねかえった。」最終巻 p350〜p351

佐賀の乱、神風連の乱、秋月の乱、萩の乱、そして最後の内戦である西南戦争
不平士族の反乱の中でも西南戦争もしくは西郷とその徒の死は、光彩茫々として江戸期だけでなく室町あるいはさらに鎌倉期から引き継がれてきたエネルギーというか、なにごとかの終焉であったには違いないが、その勇壮さとは裏腹にその内実は妬み嫉みを内包した薩摩の内輪の問題であり、大義なき無様なるヒステリーだったと言わざる得ない

西郷隆盛とは何か

まさに龍馬が評した如く、「少し叩けば少し響き、大きく叩けば大きく響く」だけの釣り鐘でしかなかった

幕末には常に西郷従道や大山巌を両脇におき、背後には中村半次郎こと桐野利秋をおいて暗黙の恫喝をした。それが西南戦争では両脇が桐野利秋や篠原国幹に代わり、別府晋介や辺見十郎太に代わったにすぎない。周りに知恵のある者が誰もいなければ西郷自身は犬を連れて山に入り、兎狩りをしながら身を隠すぐらいしかそもそも能がない。桐野利秋や太政官の山縣有朋までが、敗戦後における西郷の身の処し方に最後までどこか疑念を持っていることをしても、実際の彼はどちらかといえば愚鈍な、人望はあっても周りが手をすげざる得ないようなところのある男であったことが透けて見える。

総指揮者の桐野利秋とは何か

人は彼を快男児と呼ぶかもしれないが、彼からは何一つ響いてこない
いかに彼が颯爽としていようと、ただの馬鹿にしか思えない。彼は島津が鎌倉期以来藩を挙げて作り上げてきた戦闘に最適化した闘犬であり戦士にすぎない。一撃必殺の示現流の達人であり幕末においては西郷の側を離れず、果断な暴力装置として西郷を補佐し、殺人を以て自らの存在を天下に主張した男が、新政府においては西郷によって栄達をきわめ陸軍少将になり、鎮西鎮台司令長官にもなった。だが彼の人格や思考、美意識は薩摩が作り上げた闘犬のそれであり、極端な奇形児とも言える彼の存在そのものが薩摩藩と薩摩士族の病理を象徴している

だからといってもう一方の大久保が偉いというのも違う
彼は西郷とともに薩摩藩に対しては背任、横領の限りを尽くした詐欺師だ
この点は長州とは全く違う

「翔ぶが如く」全十巻を読んで、つくづく思うことは薩摩藩、薩摩藩士族の抱える病理だ。この病理が長州と連合して倒幕し明治維新をなしたが、その病理故に西南戦争もまた起きた

薩摩藩士族の強さの源は徹底的に自己肥大させた自己中心的狂気と、一朝事が起これば御先師のもとに馳せ参じこれにすべてを預ける痴呆的盲目性だ

大久保も川路も黒田も当然この病理に支配された人格であり、それはそれで歴史的な多くの仕事を為すのだが、所詮、島津が作り上げた最強兵士のアイデンティティを病理として持つ罹患者にすぎない。自己肥大した薩人のあれやこれやばかりを追っていくと、しまいにはいい加減に辟易してくる


真に革命家と言えるのは明治の三傑の中で
その晩年には結核に苦しみながらも
木戸孝允ただ一人だ

皇国日本を欧米列強の侵略から守るために、新しい日本を作らんと
純粋な情熱、大和魂で、革命を起こそうとしたのは

吉田松陰を始めとして何処よりも勇を以て魁、何処よりも多くの逸材を失い血を流した長州の若き侍達であったという感動的な発見にたどり着いた

6465E358-10E8-4CBE-83B5-554220DC0E3C.jpeg


人気ブログランキング

この記事へのコメント

ママジャム
2020年05月15日 05:10
早朝より、素晴らしい出会いに感謝です。見事に書き上げた、見事に自分の内に噛み砕いたという気がします。