アロハを着た異端

そのままアロハシャツを着た異端児かもしれないし 「異端」という概念がアロハシャツを着ているのかもしれない。

 「狂人」から「異端」へ


「異端」に宗教的意味合いはない。

アウトローか 非主流的な意味で使っている

        志願などと女々しい注釈はない。

 アロハシャツを着せてみた。

モノクロ的なイメージが先行するのも 困りもんだ。


相変わらず わたしはわたしで 涸れ井戸の底にこもることもある。

すべては連続している。

地上からして井戸の底のようなこの国からおさらばして、

ハワイかカリフォルニアかアリゾナの井戸に入ることにする。

時には 井戸にも光が差し込むさ

涸れ井戸の底での形而上世界の闇に巣くう何者かと闘うことに変わりはないが、

「替天行道」「凡夫拒否」「梁山泊」といったイデオロギー的なお遊びは止める。


正当 非正当といった路地にも入り込みたくないね。
 
「異端」は 端を異にするという写実的解釈がここではベストであり ハードボイルド的進展であるとしたい。

そして アロハを着せることで 

 その言霊が 太陽のエネルギーを呼び込むことを期待したい。
            


大昔 栗本慎一郎著「パンツをはいたサル」というのがあったよね・・・

  何の関係もないけど とにかく「アロハを着た異端」でいってみよう。