狂人志願(三島由紀夫に思う)

昨年の春 三島由紀夫悲願の長編小説であり 遺作となった「豊饒の海 4部作」を読んだ。

「春の雪」 「奔馬」 「暁の寺」 「天人五衰」


主人公の親友 本間の目をとうして 主人公は悲恋に 反逆に 肉体に 輪廻転生をして まぶしく明滅する。

輪廻転生のさまに 囚われた本間は やがて四代目の偽者を見つけ出すが 翻弄され やがて失望する。


四代目はただの認識の牢獄の囚人にすぎなかった。

彼は 自滅し 自らの目を潰し 自らの認識の牢獄の中に永久に逃げ込む。



失意の本間は意を決して 生涯の懸案であっつた かつての親友の悲恋の相手が出家した寺を訪ねる。

すべてはそこから始まったのだ。

しかし 彼女は何一つ覚えていなかった。 かつての親友の名前すらも。

本間が囚われ続け 見続けてきたものは何だったのか。

いや それらは皆 本当にあったことなのだろうか。

彼は 偽者の四代目だけでなく 自らもまた認識の牢獄の住人であったことを知り

呆然として 立ちすくむ。


寺の境内は ただしんとした 静寂が広がるばかりなのだ。


三島は1970年 市ヶ谷駐屯地で 割腹自殺を遂げる。

「盾の会」や 彼の根底に巣くうナショナリズムや美意識 政治思想 歴史観 二・二六事件の首班将校の生まれ変わりであるとする輪廻転生感 等々 

彼がそこに行き着く理由を論じる三島論は山ほどあるだろう。


しかし わたしは そんなもの読みたくもないし 読んだこともない。

読まなくても 遺作の「豊饒の海 4部作」を読めば分かる。


第一巻では 恋に滅する狂気(潮騒などに通じる) 第二巻では 政治 歴史に滅するという狂気 (市ヶ谷駐屯地の彼に通じる) 第三巻では肉体に滅する狂気(タイ王女の彼女は すばらしい肉体を持つレズ)が書かれている。

この3人は 三島自身だ。 


そうしてみると 第三巻で三島は自分がゲイであることを タイ王女の彼女がレズであるとしたことで、暗に告白したと思わざる得ない。

そして 第四巻目   4人目の偽者 これもまた三島だ。

三島は自らこそが 堅牢なる認識の牢獄の住人であることを 狂おしいほどに知っている。

 
しかし 彼は自らの内の4人目を偽者として 拒絶する。


「仮面の告白」も「金閣寺」も 考えてみれば 三島の作品はみな認識の牢獄とも言える。

 
彼の中の梁山泊は 彼の内に革命を起こした。


腹を掻っ捌き 認識の牢獄に 大きな風穴を開けた。



たとえ 牢獄の外に 月のクレーターのような 無の世界が広がっていたとしても

それこそが 三島にとっては 豊饒の海 だったのだ。