黄泉の国のその先

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彼岸某日の気まぐれな散策に ふと入り込んだ山道の
思わぬ懐の深さに 冷んやりとした怖れにも似た何かが
俺の全身を通り抜けた

聴き慣れぬ河平連山のハイキングコースのはずだったが
蛇行する山道をバイクで登り続けても どこかに行き着くという風でもなく
しばらくすると峠らしきところに出た

何の標識もハイキングコースらしい施設もない
いつのまにか文明や文化に毒され
カジュアルでエンターテインメントな
遊園地かテーマパークのようなやわで朗らかな自然だと
分かったような気になっていた自分の前に
真顔の 青く深い山並みが広がっていた

自分の生活圏のすぐ裏側にある途方もない未知

それはまさに月の裏側のように
誰ものすぐ後ろに影の如く控えている彼岸の世界のように
意外な 驚くべき突然の出現に思えた

表の文明生活圏を形而下的世界とするなら
その見えざる広大な裾野としての形而上的世界に違いなかった

標高二百メートルはあるいは登ってきたような気もするのだが
下りに至っては黄泉の国に落ちていくかのように
冷んやりした樹木の下を永遠に下っていくかに思えた

引き返したところで どこまで戻っても
もはや河平連山ハイキングコースの入口はないかもしれない
ひょっとしたら時空の隙間に閉じ込められ
出口を失ったかもしれなかった

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その間 三十分だったかもしれないし
三年だったかもしれない

時間はなんの変哲もなく繋ぎ合わされ
膨大な時間だったかもしれないその時の記憶は
消されたのかもしれないし そうでないのかもしれない

連山の谷間を下りていき
時間が連続しているかどうか
僅かに疑念を残しながらも
出口らしき視界が開けてきた

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スピリチュアルな怖れにも似た何かが からだを通り過ぎたあと
爽やかな感動が待っていた
天にそびえる三倉岳が眼前にあった

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紋次郎、あんたも来てたのかい

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嗚呼、人生とは何だろうか
希望と苦悩を抱え 何度となく山肌に取り付き
頂の岩の上で 悟空の如く 眼下の景色に見入った若き日の三倉岳が
寸分変わらず そこに 泰然としてあるではないか

ヘルマン・ヘッセが言うように
時間という人間の苦悩の根源は はなから無いのかもしれない

三十数年前の三倉岳の岩肌に汗を流し呼吸を荒らげながら取り付いたわたしは
私の背中のように 今も そこにあるのかもしれない

それにしても
この三倉岳のなんと雄々しいことだろうか

猛々しいのではなく、雄々しいのだ
 
その雄々しさが 勇気と希望を 生きる力を 
            今も与えてくれるのだ


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