最古のステイタス 最古の哲学

他からの強制・拘束・支配を許さず
自らの意思によって自らを強制・拘束・支配し
強烈な自己規律に生きること
他からの解放であると同時に強烈な自己ファシズム
弱肉強食・適者生存の最前線
自己規律が不完全であったり完全な自己規律を以てしても敵わぬ時
瞬足 死はやってくる
真の自由と死は紙一重だ
村上龍は「愛と幻想のファシズム」の鈴原冬ニを通して自由の体現者を書いた。真の自由とはプロのハンターに見るように強烈な自己規律、完全な自己同化無くしてはない。すなわち自己ファシズムこそ外部の敵に対する最強の自己の形であり、究極の自由の姿なのだと
だが自己ファシズムと化した最強の自由は、反面側から見れば砂を噛むように虚しい
愛の入り込む余地など、どこにもないのだから
究極の自由とはすなわち「幻想のファシズム」であり
矛盾を孕み共存不可能に思える「愛」と並べて表題とし、何を問うたのだろうか
現代社会とも折り合っているように見えるが
本質的には相反するものではないのか
自由の反対語は強制・拘束・支配などと はっきりしない
拘束支配され、自己を持たない者はすなわち 奴隷なのだ
自由の反対語は奴隷であり
自由とは奴隷ではないということだ
自由は奴隷よりも遥かに過酷で苦しく
愛は あるいは奴隷的なものかもしれない
それでも 自由には今尚
人類最古のステイタスと
人類最古の哲学がある


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