河平連山

15:00‘ 河平連山3号峰の大きな花崗岩の上で一息つき
持って来た菓子パンにかじりついた
河平連山4号峰から8号峰への縦走を残して
札木峠に引き返し下山することにした
漱石の「こころ」に登場するKの何処の山だったか登頂を目前にして下山し、それが彼の甘さを象徴するかのように女を親友である主人公に取られ、襖絵をわずかに開けて自殺する惨めな人生が脳裏をよぎる
同時に単独無酸素を標榜し、8度目のエベレスト挑戦で滑落死した栗城史多の傍流であるが故の悲惨な結末もまた思い出した
未知なる形而上的世界において
不測の事態を想定しない方がどうかしてる
日が暮れるのもずいぶん早くなり 残り一時間半程度であるはずの
この先唯一名前のある5号峰の河平山を含む8号峰までの縦走を回避する

南登山口から馬ヶ峠に出ると、まず1号峰の天狗岩を越えて0号峰に登り
浅田砲兵大尉殉職記念碑に立ち寄ったあと、折り返して2号峰へ向かった
(先の大戦中、彼の飛行機がこの山に激突し殉職したという)
村上春樹の「海辺のカフカ」でカフカが迷い込む旧日本兵のいる森や
「ねじまき鳥クロニクル」の主人公が枯れ井戸の底で体験するモンゴル・ノモンハンの件(くだり)が蘇る
このほとんど誰も知らない連山の稜線の上にも
枯れ井戸の底と同じように異空間が交錯していた

そうして馬ヶ峠までもどり、さらに2号峰、3号峰と縦走してここまで来たのだった
札木峠からの下りは蜘蛛の巣との格闘だった
無数の巨大な女郎蜘蛛が山道を封鎖していた
深い樹木の下の乏しい光の中でもう少し時間が遅れていたら
この蜘蛛に絡め取られていただろう

一時間かけて麓の村に出た頃には
辺りは既に夕暮れの気配が迫っていた
厚い雲もいつの間にか切れて
さらに一時間歩いて下りていく海辺の街は
久々に自らの墓標に手を合わせてもらった浅田砲兵大尉の霊魂の喜びか
女郎蜘蛛には申し訳なかったが、通り道の蜘蛛の巣を払ったことによって
異空間の風通しが僅かに良くなったことが影響したかのように
何やら透明感に満ちた
清浄なる夕暮れの中にあった

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