希望の国のエクソダス

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数千年の時を経て大陸の端っこに吹き溜まる下種
それらが繁殖して下衆の村が下衆の国家になっても
21世紀の情報テクノロジーによってより一元化された世界が訪れても
半島に群生する劣種の悍ましさと喧しさは哀れにも微塵も変わることはない

馬鹿は馬鹿、滓は滓
関わるだけ時間の無駄であることは
我が半生を顧みても噛みしめた絶望のひとつだ

信じるものは救われる、から
信じるものは馬鹿を見る

騙す側の糾弾よりも
騙される側の懲罰と非難が当たり前になった社会

セキュリティの重要性が何よりも求められる社会
国家犯罪の横行を許し未検挙のネット犯罪が常態化する中で
やったもん勝ち言ったもん勝ちのモラルの荒廃は
下種や下衆国家にとっては願ってもない心地よい環境に違いない

下種には下種にふさわしい末路がある
下種は下種の因果で自らの応報をやがて受けるのだが

この国がいくつもの悲惨な戦争を経てきても尚
人間というもの、その知性と良識に信頼を繋いできたが
今、砂を噛むように絶望を噛みしめている

戦後日本の平和主義、理想主義もここにきて
否応無く現実としての絶望を自覚して
歴史的な転換をはかる時を迎えようとしている

絶望とは如何ともしがたいことだ

成熟していくということは
自分にできる可能性を希望として紡いでいく以上に
自分にはどうしようもない絶望を受け入れ乗り越えていくことだ

自分を取り巻く隣人もその他大勢の人々も
とどのつまり他人、他者という絶望の存在でしかない

その絶望の存在に取り囲まれた自分自身が希望に満ちているなどと
まさに未熟故のつかの間の蜃気楼にすぎない

成熟した男も、そして国も
より深い絶望と孤独からこそはじまるのだ

アインシュタインも李登輝もマハティールも
この国を愛し希望の国と言った

絶望を噛みしめて尚、自らを信じて
その成熟した渋い光を世界に放ち続けなければならない



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この記事へのコメント

ママジャム
2019年07月20日 23:25
実に良く解る。成熟の国とは正に1日にして成るものではない。