アロハを着たハンター(海の相克 陸の相克)

石原慎太郎の「オンリー・イエスタディ」を読み終えたが その中に 「人間の社会とは、一言にしていえば、他者との関わりということだ。そして他者との関わりとは、そのほとんどは相克であり、ある場合には端的に戦いでもある。そしてその中からこそ真の友情や連帯も生まれてくるのだ。」とある。

生きるとは関係性であり関係性とは相克であり相克とは戦いだと言い切っている。

「私たち兄弟にとって海は人間としての存在の光背そのものであり、いまでも海を見ずして安らぐことはあり得ない。」 「自然は多くの顔を持ち、さまざまに人々の心を捉えてくれるが、私にとって海はその最たるものだ。」ともある。
小樽・湘南を通じて彼の原風景であると同時に 高校一年の時裕次郎と図って父親にヨットを買わせてからの長い海との関わりの中で 海と陸 海と人間社会 海と人生等 ダイナミックで雄雄しい対比が多くのことを彼に悟らしめたことだろう。 
昭和の半ばに世に出て半世紀以上、戦う男として、敗れざる日本人として屹立し 時代感覚にきわめて鋭敏で文学者としても政治家としても時代削岩機であり続け自身が発光する光源体であり続ける。

かつて三島由紀夫は、「太陽の季節」をもって世に登場した石原を、「すべて知的なものに対する侮蔑の時代をひらいた・・それは知性の内乱というべきもので、文学上の自殺行為だが、これは文学が蘇るために、一度は経なければならない内乱であって、不幸にして日本の近代文学は、かうした内乱の経験をもたなかった」と評した。
 芥川賞選考委員の佐藤春夫には酷評された。

あらゆる相克の中から 他が何だろうと俺は俺だという強烈な自我の体現が文学が蘇るための知性の内乱を起こし得た。
彼は今でも太陽族なのだ。体制を背負っても尚自我を維持し慎太郎という結晶体は光を放ち続ける。

 「時間とは存在の落とす影だ」 

一枚のヨットクルーの写真に・・「この写真はまさに、私たちの青春の至福な一瞬が落とした鮮烈な影だ。そしてその影を落とした人間たちよりもなお歴然とした実像として、私たちの青春は太平洋の上に映し出されて在るではないか。」

海に出れば波と風と潮の相克だ。その相克を縫い切り裂いて進むヨットレース、 そのヨットやクルーは影ばかりか青春の実像として今も永遠に太平洋の海原に在ると・・。

彼の強烈な生き様が濃い影を生み振り返れば長い時間があったことを認めるだろう。

 しかし、慎太郎に嫉妬してもはじまらない。

波と風と潮の相克が彼を陸の相克へ立ち向かわせたとしても すべての漁師やヨット乗りが同じように悟り、陸の相克へのエネルギーに転化できるはずもなく 何に媚びるでもなく彼が自ら勝ち得たものなのだ。

 悔しくても確かに彼は光を放っている。
あるいはその何割かは彼の言うように海の輝きが慎太郎の背後に光背の如く立ち昇って見えるからかもしれない。

ならば彼の言葉のある部分は 太平洋の海原の教えと思えばいい。
 
相克は同時に推進力でもある。
ベテランのヨットマンとしてその障害と推進力の相克にこそ魅せられているのだろう。

相克に立ち向かわない者は推進力もまた得ること叶わないということだ。






超訳『資本論』第2巻-拡大再生産のメカニズム (祥伝社新書153)
祥伝社
的場 昭弘

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 超訳『資本論』第2巻-拡大再生産のメカニズム (祥伝社新書153) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

資本論講座 第2.3巻講義要綱
ほっとブックス新栄
宮川 彰

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 資本論講座 第2.3巻講義要綱 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル