アロハを着た異端(フロンティアかゴミタメか)

ハードボイルド小説の主人公はみな こころの内に広がる如何ともしがたい傷というか 闇を抱え

ニヒリズムの中で群集に身を隠しているが あるときそれは吹き上がる間欠泉のように

荒ぶる血と肉体とともに 自らの闇を打ち破り 地表に傲然と現れる。 


アメリカの文学には ヨーロッパのような成熟 円熟しているがゆえの深い出口のない苦悩はないと どこかで読ん

だような気がする。

     そりゃそうだ

アメリカはその閉塞し 硬直した故郷に見切りをつけて 渡ってきたヨーロッパの開拓民によって作られた国なのだ。

ある意味 人間社会への絶望から出発した希望の国なのだ。

だから そこに絶望はない あってはならない。


そして 勝たなければならない 成功しなければならない。

内面の葛藤や闘いなど意味はない。

あるのは 肉体と 外敵と 広い空間があるだけだ。


信ずるに足る唯一のものは肉体だ 

あらゆる問いかけと その答え  そして報酬はアメリカの広大な天地だ。


そこからへミングウェイのようなハードボイルドが生まれた。

御託を並べている暇はない。

生き残ったものが勝ちなのだ。


そこには嘘や虚飾がない。

過酷でも からりと晴れ上がった高く青い空がある。


負け犬の泣き言も 嘆きも 骨さえも微塵も残らない。


残念ながらジパングに広大な大地はない。

万世一系 皇国2千年の島国に 空間的なフロンティアは戦国時代以降ない。

(太平洋戦争はフロンティアではない)


さて 結論はどうとでも結べる。

21世紀 IT革命を経て インターネットという仮想大陸が超然とあらわれ

ふたたび フロンティアの時代が始まり ハードボイルドの時代がきたともいえるし

ブログやSNSなど 個人の発信の時代となり

あらゆる御託 ぼやき なぐさめ 泣き言 痴話話 与太話であふれかえった 巨大な夢の島があらわれただけで

行動主義とは逆行する 反 あるいは絶望的ハードボイルドの時代がきたともいえる。


涸れ井戸の底はどうなのか


フロンティアなのか 御託のごみ捨て場なのか

こころしなければ ならないね。


もちろん フロンティアでなければならない

ただし そこはアメリカ大陸のような天地ではなく 

インターネットという仮想大陸でもない

    目に見える世界の背後にあるもうひとつの世界への入り口なんだな。