狂人志願(涸れ井戸の底)

人の意識の流れとは面白い

あらゆる選択肢があると思っているとき 幸せとは総花的なものだと夢みている

まだ自分自身の輪郭線すら引こうとしない

しかし 自ら引こうという意思があろうとなかろうと

やがて輪郭線は浮き上がってくる

それは ひとつには自分自身を取り巻く絶対的背景である

もうひとつは 延々と繰り広げられる内的な闘いが 否応なく収斂していき生まれる自己意識である


別にすべてをただ否定的な意味だけで言っているわけではない

それこそが やっとぼんやりと現れた凡夫たるわたしという実存であり

取り巻く障害や限定 そして自己規定と内的限界意識との格闘こそが人生であると思うからだ。


わたしにとっての方向性や目的 課題が徐々に見えてくる

選択肢は急速に限定される

 いや排除し限定していくことこそが自らの人生の闘いと思い定めるようになる

外に内に 勝つこともあれば 負けることもある

             克つこともあれば 負けることも。

人生 面白いといやあ面白い


やがて人生も収斂していく
        
   それは生物学的意味ではなく 一つの物語として収斂していく

選択肢はやがて尽きる。  何ひとつ見つけ出せない。      


ここで行き止まりなのか

  仮想世界の小説も 現実と言われるこの実人生も その物語性を失ったときが、
  
  その展開させていく創造力の尽きたときが 終わりであり死であると思っている。



わたしは こうして毎日「涸れ井戸の底」に入る

  (発想原典 村上春樹著 ねじまき鳥クロニクル 参照)
  
身ひとつ置けるだけの 漆黒の闇と 耳をツーンとつんざくような静寂の中で 

闇を見つめ 静寂に聞き耳を立てる

現実世界の背景に地下水脈のごとく広がる形而上的世界と あらゆる時間が交錯するこの亜空間
 

選択肢が尽き 矢尽き刀折れて

この涸れ井戸の底 閉塞 膠着 どんずまりにまで追い込まれたのではなく

海越え山越えて ようやくこの大いなる門 扉の前にまでたどり着いたと思いたい。


いつか 扉が開き その形而上的世界に巣くう何者かと闘い 打ち勝ったとき

涸れ井戸に水は満ち わたしのこれまでの日々は

           まだ序章でしかなかったということになる。