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zoom RSS 天才は荒野に野垂れ死ぬ

<<   作成日時 : 2018/06/12 09:38   >>

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石原慎太郎「男の粋な生き方」第十七章 一部抜粋

彼は十代の半ばから突然詩を書きだし、何度も家出を繰り返した挙げ句二十歳にして突然詩作を止めてしまい、その後はアフリカに行って商売を始め貿易商となり銃の密輸までして、噂では奴隷までも扱っていたともいう。
それもアラビア半島の酷暑の地アデンから始まってエチオピアのハラルに移り、刻苦の末、足に癌が出来て帰国し片足を切り落とし、またもう一度アフリカに戻ろうとした旅の途中で癌が全身に転移再発し、苦しみぬいた後、駆けつけた妹に看取られてまだ三十七の若さで死んでしまった。 p237

彼の詩を読んだベルレーヌは感嘆して彼をパリに呼び出して同棲していたが、喧嘩して彼を拳銃で撃って殺しそこね二人は決別してしまう。二人の関係の本質は何だったのかね。ランボー自身は残っている写真や肖像のスケッチでは端整でキュートな少年だったからな。そしてその影像と、彼がアフリカの蛮地で貧しい商人になりはてた後の、かろうじて残っている写真とのコントラストは凄まじいものがある。その格差の背景に、彼が二十歳になる前に書いて残した詩の凄さを置き直してみると、なぜか慄然として目まいがするんだな。p238

共鳴して同じような象徴詩を書いた若い日本人も何人かいる。中原中也もその一人ではあった。
中原の詩への共鳴はやはり若い世代に強いが、中原はそのまま大人になり、恋愛に傷つき、結婚もし子供を持ち、その子を亡くすことで悲嘆し、並の人間となっての非業な死に方をするが、彼は自分の手になる詩を捨てることもなかったし、言葉にまみれたまま詩人として一生を終わった。
しかしランボーは彼とは全く違う。あれだけの言葉を錬金術のように奇跡として編み出した男は、それへの評価も待たず、また後にそれを聞いても全く無視して捨て去り、詩とは全く関わりのない人生に突き進んでいってしまった。
その自分自身への無慈悲さは非現実的で、誰にも、どうにも理解できはしない。p241〜242

ある友達に宛てた手紙の中で彼は記している。
「僕は自分の思想の開花に立ち会っているんです」
「道徳(モラル)なんて考えだすのは、脳みそが弱ったせいだ」
「ソクラテス、イエス、聖人、正義の人、へどが出る」
「胸くそ悪い渇きのせいで、僕の血管はどすぐろい。ああ、時よこい、陶酔の、時よ、来い!」

そしてこの男は全身に癌が蔓延しもの凄い苦痛の中で、駆けつけた妹一人に看取られて死んでいったのだった。
そんな不運な人間は他にもいるさ、それが人間の人生の一つというものだという者もいようが、しかしなお、彼が書き捨てて残した「地獄の季節」や「イリュミナシオン」等々、あの不滅で未曾有の言葉の奇跡を背景にして眺め直すと、天才を超えたランボーという男は、男の生きざまなんぞをせせら笑いながら、僕らに自分を見せつけているような気がしてならない。
人間の、それも男の生きざまというのは実はさまざま、恐ろしくもある形であるものだということを、あの男は示して見せた気がするな。 p246〜247


ああ、彼は天才を超えた天才だ
貧しい貿易商に浮き身をやつし、身も心もボロボロになろうとも
それが彼の価値を毀損するものであろうはずがない

悲運で悲壮で苦悩と苦痛に満ちた人生ならそれも一興
否!それこそが超然とした彼であるなら
最高の粋であり、贅沢であり、反逆でありえる

有り余る自らの内に溢れる詩才による名声と成功など
当然のこととしてとうの昔に興味を失った

天才なればこそ荒野を目指す
天才なればこそ荒野に野垂れ死ぬ
画像



石原慎太郎 「男の粋な生き方」 読了


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