アロハを着たハンター

アクセスカウンタ

zoom RSS レディ・ジョーカー

<<   作成日時 : 2017/07/26 20:14   >>

トラックバック 0 / コメント 0

高村 薫 「レディ・ジョーカー」(上)(中)(下) 読了

新潮文庫の上、中にも下の最終巻にも解説はない。高村薫のこの作品に対する強烈なプライドが解説者の御託を不要としたか、あるいは受け手がいなかったか
凄まじい質量を内包した驚嘆すべき何かだった。被差別部落、在日、障害者等、多くの禁忌を含み、主要な登場人物がどういう訳かホモセクシャルで、又主要人物の多くがキリスト教徒で休日に教会に通うなど、違和感のある設定はこの小説も同じだった。そも高村薫とは何者なのだ
脳髄の奥に突き刺さる小骨のような疑問と微妙な生理的な嫌悪感を残しながらも、十分に満足し、あるいは疲れ果て、「俺の夏は終わった」と思わせた
レディ・ジョーカーとは彼らの、そして高村薫の、勝利を意味する輝かしい言葉なのだ


夏は終わった

目覚めた俺の中の幾つかの人格が
息づき駆け抜けて行った

だが、実際の季節は水蒸気の蒸し風呂を通り抜け
ようやく、すべての輪郭がくっきりと鮮明になる
晴れ上がった盛夏を迎えようとしていた

終わった夏が再び蘇る
これからどうする

自らを正当化する気などあろうはずがない
平板な憎しみや目先の欲望に駆られた訳もない

天誅?
誰に何に?

天に?

否!
綺麗事など認めない
正義などと笑わせる
自ら悪鬼となって
確信的な悪を為す

人は所詮無力であり
人生は虚しい

自らに悪鬼を見るとき
その悪鬼を闇に解き放つ

干からびたはずの時が息づき
鬼気迫る復讐と制裁がなされる

それは神への反逆か
それとも神の意思か

知ったことか

行き場のない絶望と悲しみが密かに飼い育てた
怨念の凄まじさを知れ

鎧を脱いだ貧弱な生身の人間に大差などない
やれ

渾身の一撃が社会を震撼さすも
瞬く間に巨大悪に取り込まれ
相対化されていく
すべては虚しい

レディ・ジョーカーか

ふん!
天下に示した痛快な一事
理不尽に過ぎた人生の清算を為して
再び市井の何処かに消えていく
画像


人気ブログランキング

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

レディ・ジョーカー アロハを着たハンター/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる