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zoom RSS 零地点からの脱出

<<   作成日時 : 2017/04/30 06:34   >>

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フランツ・カフカ 「城」 読了
「わたしは、結構なキズをもってこの世に生まれた。それが、わたしのこの世への身支度のすべてであった」短編『村医者』のなかの言葉
いかなる世界にも所属できない異邦人であるということは、存在を喪失しているということ、存在の零地点に流刑されているということにほかならない。彼は、存在喪失という原罪を負うて生まれたのである。彼の生涯の苦悩と努力は、いかにして世界に入場と所属をゆるされ、どうして存在の数値を獲得するか、という一点にかかっている。質的にも量的にもカフカの最大の作品であるばかりでなく、世界文学上おそらく「カラマーゾフの兄弟」に匹敵する唯一の作品と思われる長編小説「城」は、零地点という存在の流刑地からの脱出をめざす現代の「出エジプト記」だといってよい。いつまでたっても城とその村に所属することをゆるされない測量士Kの生涯は、生まれながらの異邦人カフカの縮図であった。〈解説一部抜粋〉

存在の流刑地 零地点
そこで繰り広げられる終わりなき膠(こう)着は
すなわち流刑地 零地点からの絶望的な脱出の攻防なのであった

カフカの生まれながらのキズとは・・・

彼は、ユダヤ人として生まれたが、ヨーロッパ化された「西方ユダヤ人」であり、民族として強固な存在を保持している東方ユダヤ人、正統ユダヤ教徒には属していない。が、ユダヤ人として、キリスト教世界にも属していなかった。さらに、ドイツ語使用者として、チェコ人でもなければ、ドイツ語を使用するからといって、ボヘミア・ドイツ人でもなく、にもかかわらず、ボヘミア生まれとして、オーストリアにも属していなかった。また、労働者災害保険局の局員として、市民階級でもなく、商店主の息子として、労働者階級でもなく、自らを作家と感じていたから、官僚階級でもなく、自分の力の大部分を専制的な父が支配する家族との戦いについやしていたから、完全な作家でもなかった。しかも、「父への手紙」にのべられているように、「ぼくは、ぼくの家庭のなかで、他人よりもなおいっそう他人のように暮らしている」のだった。さまざまな世界にすこしずつ属しながら、どの世界にも完全には所属しない、生まれながらの「異邦人」ないし「賎民」、これが、彼の誕生の宿命的星座であった。〈解説一部抜粋〉

カフカ40歳、咽頭結核により死去

未完でありカフカの生前に発表されることのなかった「城」
これを読み切るとはどういうことなのか
カフカの城への届かぬ嘆願書をどうしたものか

存在の流刑地 零地点の孤独と疎外感
彼の文学的主題はこれ以外にはあり得なかった

存在とは何かを問いかける
苦悩がカフカから離れることは終生なかったのだろう

だが、彼は死後20世紀文学を代表する小説家となった
彼は異邦人の存在を世界に示し
存在の流刑地 零地点から見事に脱出したのだ
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